「アラブの春」から10年…「アラブの冬」は終わりそうもない

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年の12月で「アラブの春」から10年が経ったということでした。チュニジアで始まった民主化を求める運動。それがエジプトや他の場所へと波及しました。10年前、チュニジアやエジプトでのデモの様子をテレビやニュースで見聞きしながら、ヨルダンやシリアではどうなるんだろう、と固唾(かたず)を飲んで見守っていたことを思い出します。

当時私はレバノンに住んでいましたが、ツアーの仕事でヨルダンとシリアにも頻繁に足を延ばしていました。

*今回の記事は特にシリアに照準を当てています。

1. シリアでのデモの始まり

シリアで初めてデモの報告があったのは、10年前の2011年3月18日ごろ。というのも、私は別のブログを書いておりまして、そこでシリアのデモの様子も報告していました。https://plaza.rakuten.co.jp/fmtours/diary/201103200000/ ちょうど日本で東日本大震災があったのが3月11日ですね。その1週間後にシリアでは大規模なデモが始まったことになります。

シリアでデモが始まり始めた頃、私はたまたまお客様のアテンドをしていて、シリアのダマスカスやアレッポなどを一緒に回っていました。これが最後のシリア訪問になることなど当時は全く想像もせず…。

まだ平和だったシリア

2. シリアでのデモ…その後の進展

シリアでのデモは、2011年6月頃には収拾がつかなくなり始めました。同じ年の9月頃には外国人がシリアから退去し始めました。シリア情勢はどんどん悪化し、2012年に入るころには、一般市民の命が危ぶまれるほどに。

当時の取引先だったシリアの旅行会社の社長さんからのメールが残っています。2012年5月にもらったもの。

thank you for your Email. in fact I already closed my office , I spend much time at home , I keep in touch with my clients (if any request or question). I enjoy keep contacting with you or all my agents, it keeps me busy a little, but, for business safety , I am afraid that something can happen to the internet or to me, so you will face problems with your clients.

オフィスはすでに閉じ、ほとんどの時間を家で過ごしている。仕事の依頼があると返信をするし、それは気分転換になってきたけれど、仕事面の安全性を考えると、それももうそろそろできなくなってきた。インターネットに問題が生じたり、自分の身に問題が生じたりして連絡が取れなくなり、あなたのクライアントに迷惑をかけるようなことになることを心配している。

短いメールの中に、シリアの危機的な状況が垣間見え、思わず泣いてしまいました。この社長さんは、ツアーコンサルタントの仕事を始めてすぐに出会ったシリアの旅行会社のオーナー。コネとツテが命である中東で、コネもツテもない外国人の私が一から仕事を立ち上げるのはかなり大変だったけど、それでも仕事が軌道に乗ったのは、こうした信頼できる旅行会社の協力のおかげ。

ヨルダンでは、取引先の旅行会社を何度も何度も変更しました。どいつもこいつも仕事ができず、話にならん! というのがヨルダン人と仕事をする私の率直な意見。ヨルダン在住でありながら、ヨルダンでのビジネスパートナーを見つけるのに一番苦労しました。

このシリアの旅行会社とは仕事を立ち上げたと同時に提携をし、浮気の必要は一度もありませんでした。 私がラッキーだったのかもしれません。100%信頼でき、100%クリアで、良心的。1を言うと10を悟る。本当に助けになる旅行会社でした。

シリアのゴタゴタが始まって、シリアのお手配がぐっと減ってからも、社長さんとは連絡を取り続け、近況を確かめていました。またレバノンのツアーをこのシリアの旅行会社を通して手配することもありました。私がどうしてもこの会社を使いたかったのです。

3. シリアでの「アラブの冬」の始まり

2012年にはシリアは、もう危機的な状況になっていました、わたし的にはこの頃が「アラブの冬」の始まりだったと思います。この社長さんをはじめとして、誠実に地道に築き上げてきたものが人々からすべて取り去られ、将来の展望が全くない状況に陥りました。自分の明日の命すら分からない、という絶望的な状況で生きることを余儀なくされていたのです。

2012年5月に起きたダマスカス市内での爆発では、多数が巻き込まれて死にました。たまたま道を歩いていた人たちや子供たちが巻き込まれたのです。日本では報道規制がかかっていたかと思いますが、ヨルダンやレバノンでは、吹き飛んだ体や血まみれの体、黒焦げの体がテレビに何度も映し出されていました。

その後、シリアにはイスラム国が台頭し、暴力と残虐さの極みを尽くしました。数年前には普通に生活していたのに、惨殺された死体を見ることが日常の一部になったのです。この恐ろしい変化は、きっと経験した人にしか分からないことでしょう。聞くだけでも恐ろしいことですが、実際にその目撃証人となった人たちの心の傷はとても大きいと思います。

4. 「アラブの春」が始まる前のシリアの特異性

「アラブの春」が始まる前のシリアでは、言論の自由が全くありませんでした。政治的にかなり微妙だったのがシリア。人々は政治に関してはひたすら口をつぐみ、コメントを差し控えます。シリアに行ったことがある人の場合、この独特の雰囲気にすぐ気付かれたかもしれません。

日本ではよく「政治と宗教に関する話はタブー」と言われますが、これは単に人々が無関心だから。シリアで「政治に関する話がタブー」だったのは、日本とは全く違った事情から。シリアでは言論の自由が保障されていませんでした。

シリアという国は、多宗教・多民族国家です。マイノリティ (少数派) のアラウィ派に属するアサド家が世襲制で政権についており、現大統領の父親の代には多数派のイスラム教徒スンニ派が抑圧されたことも。反対にアラウィ派はクリスチャンにはかなり寛容だったようで、今でもキリスト教徒たちはアサド政権の積極的な支持者です。

いずれにしても、政治的・宗教的にかなり微妙なバランスの上に成り立っていたシリアでしたが、「アラブの春」と同時にこの微妙なバランスが崩れ、あっという間に収拾がつかない状態に。

微妙なバランスが崩れると収拾がつかなくなります

5. 言論の自由の代わりに得たものは?

今ではシリア人は政権を大っぴらに批判することができます。特に難民となって国外に逃れたシリア人は、恐れずに自分の意見を言います。「アラブの春」の前にシリアで感じていた微妙な雰囲気は、彼らからはもう微塵も感じられません。でも言論の自由と共に得たものより失ったもののほうがはるかに大きいと思います。

祖国を失い、大切な人々の命を失い、心に深い傷を負いました。難民となった先で不運にも経済的に恵まれなかったシリア人は、物乞いをしたり、ゴミを漁ったり…人間としての尊厳を失った人も多いです。もちろん成功者もたくさんいます。でも、社会的弱者になってしまったシリア人に助けが差し伸べられることは少ないのが現状です。

6. アラブ世界に「民主化」は根付くか?

さて、「民主化」を求めて始まったこの「アラブの春」…。でも民主化はアラブ世界に根付いていません。「アラブの春」から10年が経って私たちが見ているのは、何もかもが悪化したアラブ世界。これはシリアに限ったことではありません。

いやいや、これからアラブ世界にも民主化が根付きますよ、という人もいますが、わたし的には無理だと思います。なぜって、そもそもアラブは「民主化」の意味を知らないからです。3つの理由があります。

6-1. アラブ世界は部族社会

アラブというのは、もともと砂漠の遊牧民。部族社会です。部族ごとの結束は強いものの、部族の外部者との付き合いはかなり限られます。

この部族社会の精神は、現在でもアラブ世界で健在。彼らが主に関心があるのは、自分の家族・部族のこと。あとのことは「他人事」で済ませられる。そんな思考のアラブですから、「民主化」の意味が本当には分かってません。なぜって誰もが自分の都合だけを主張すると民主主義は成り立ちません。

実はアラブの民主化への試みは、アラビアのロレンスの時代にもありました。でも全く同じ理由で、うまく行かなかったのです。どのアラブも自分にとって一番良いことだけを希望・主張し、それがすぐに叶わないことが分かると散り散りバラバラになりました。アラビアのロレンスの映画では、そんなアラブの様子が非常にうまく描かれています。

6-2. 「先行投資」ではなく「その日暮らし」の精神が優勢

さらにもともと遊牧生活をしていたアラブは、水と草を求めて砂漠を行ったり来たり…「その日暮らし」をしてきました。ですから「先行投資」という発想はありません。なんせその日暮らしだったのですから。今が良ければそれでいい。今すぐに結果を見たい。

「その日暮らし」の思考に慣れているので、結果が短期間で出ないとすぐにあきらめてしまいがちです。今は大変でも将来のためならちょっと我慢する、という発想にはなかなか切り替わりません。

*なお例外はいつでも存在ます。例えば私の取引先だった旅行会社の社長さんは、早い段階でシリアからエジプトに脱出、そしてエジプトからドイツに移動しました。まだ大半のシリア人は「明日はよくなるかも。もうちょっと待てば収まるかも」と思って行動していなかったときです。先見の明があるこの社長さんはこの段階でシリアに見切りをつけ、シリアでの自分の資産を全て海外に移したと思われます。

これを、シリア難民の大移動が始まる数年前にすべて自分の力でやってのけました。ですから全てを失ったシリア難民が着の身着のままでドイツに大量にたどり着いた2015年頃には、彼のドイツでの生活は軌道に乗っていました。現在はドイツで旅行会社を経営しています。こういう優秀な逸材もたくさんいます。

6-3. 宗教の違いと「運命論」

アラブ世界を分断するのは宗教の違い。宗教が悪いと言っているのではありません。宗教間のプライドが問題です。宗教に対するプライドがアラブ社会の発展を確実に遅らせていることは否定できません。アラブ世界では、キリスト教徒はイスラム教徒を、イスラム教徒はキリスト教徒をそれぞれ見下しています。これに加えて同じ宗教でも幾つかの (幾つもの?)「派」があり、宗派間で張り合います。

よくアラブは「いやいや、自分たちは非常に寛容で、どの宗教の人にも敬意を持っている」と口では言いますが、これはアラブ特有の本音と建前。心の中ではそうではありません。心にあるものはいつか露呈します。だからこそ「アラブの冬」が始まった時に、異なる宗教の間で大虐殺が起きたのです。

さらにイスラム教の根幹をなす教えは「運命論」。つまり何が起きてもそれは神がしたこと、神の意志。なので自分にはどうしようもできない。アラブ世界の大多数がイスラム教徒ですから、こういう考え方がまかり通っています。なので努力しない。すべてが運命なら、努力しても努力しなくても結果が一緒なわけですから…。このような見方もアラブ世界の発展を確実に遅らせていると思います。

7. アラブ的「民主化」とは?

なので、自分も Happy、他の人も Happy、みんなが Happy になれる社会を作ろう、という発想はない。人のために尽くすことが最終的には自分に還元されるという発想には切り替わりません。いかに自分が得をするか、自分への見返りは何かをいつも考えています。たった今、自分(と自分の家族と親族)が Happy ならそれでよい。そのことに全神経を集中しています。

ですから民主化を叫んでいても、具体的なビジョンはありません。同じ「民主化」という言葉を使っていても、欧米とアラブでは意味合いが違う。

彼らにとっては、自分の都合を優先してくれる人、自分が有利に扱われる社会になることが「民主化」なのかもしれません。常に自分の都合が優先です。でも誰にとっても都合の良いリーダーなんていない。かくしてアラブ世界は混乱したまま。ったく、アラビアのロレンスの時代から何も進歩してへんな…。

8. 「アラブの冬」は今後も続くはず

私はアラブに対して批判的なわけでもネガティブなわけでもありません。本当に正直にアラブ世界の現実を書いています。「アラブの春」に巻き込まれたアラブの国々は政情不安のまま、これからまた「アラブの冬」を10年、20年と過ごしていくことでしょう。

先は長し! しかも行き着く先はどこ?

それでも、シリアに帰国する難民は増えています。イスラム国も掃討され、まぁまぁ落ち着いてきたエリアもあるにはある。なので今後もシリアへの帰還者は増えることでしょう。でも土地を失ったり家を失ったりした人は戻ることができません。あくまで自分の家族(親族)が下地を固めている場合だけ戻ることができるのです。つまり、部族意識がここでも優勢。

もちろん本当にアラブ世界を変えたいという志を持つ若い世代もいるかもしれません。でも、部族社会のアラブ世界では、自分と違う部族から出る提案は受け入れがたい。自分の部族が優先されないと困る。これに加えて宗教や宗派の違いも問題になる。決して悪気があってそうなるわけではないんです。そういう文化であり、そういう思考パターンなのです。これがアラブ世界の現実です。

9. 結局「アラブの春」が成し遂げたものは?

なんでしょうね? 全体的に見て、プラスよりマイナスのほうが多かったことは確かです。民主化はアラブ世界に根付いていませんし、今後も根付くことはないと思います。

祖国を後にしたほとんどの若い世代はあきらめているように思います。あきらめているというか…アラブとしてのアイデンティティはありますが、アラブ世界を変えるために何かをしようとは思っていない。むしろ海外でいかに成功するか、そのことに集中していて、祖国のために尽くす気概のある若者は非常に少ないと思います。といいますか、こういう若者たちこそアラブ世界の複雑さをよく理解しているので、手を出さないのだと思います。

なので「アラブの春」が成し遂げことは、優秀な人材を海外に放出すること…かな。若い世代の多くは渡った先で言語を習得し、そこで就職し、その国を盛り上げていく。それこそ、ヨーロッパ、特にドイツがシリア難民 (特に若者) を積極的に受け入れている理由です。

頑張れ、シリア難民!

起きてしまったことは仕方がない。時をさかのぼって過去に戻ることはできません。なのでシリア難民が今後も逞しく生きて行ってくれることを願います。私はトルコでシリア難民と日常的に接していますので、今後も彼らと一緒に泣いたり笑ったり、人生のある時期を共有して行ければと思っています。

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