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- はじめに
- 1. 日本人女性は「アプローチ」に慣れていない
- 2. 「モテている」のではなく「目立っている」
- 3. アラブ社会には「ムジャーマレ」という言葉の文化がある
- 4. 日本式の愛想は、海外では違う意味に見えることがある
- 5. 私も最初は「日本式の愛想」を振りまいていた
- 6. アラブ社会では「冷たくすること」が礼儀になることがある
- 7. セクハラを許していると誤解されないために
- 8. アラブ社会では「察して」は通じにくい
- 9. 「インシャアッラー」と「No problem」をそのまま信じすぎない
- 10. ワディラムのような男社会では、怖がりすぎず、でも油断しない
- 11. 親切と下心の境界は、簡単には分からない
- 12. 旅の主導権を相手に渡さない
- 13. 専用車や信頼できる現地旅行会社を使う意味
- 14. それでもアラブ社会が嫌いになれない理由
- まとめ|アラブ社会で女性が身を守る一番の方法
はじめに
アラブ社会を旅していると、日本人女性は思った以上に声をかけられることがあります。
「きれいだね」
「日本人?」
「結婚してるの?」
「僕は日本が大好きだし、日本人を尊敬してるんだ」
こうした言葉を受けると、「もしかして日本人女性はアラブでモテるのかな?」と思う方もいるかもしれません。
でも、私は少し冷静に見た方がいいと思っています。
私は中東に 17 年以上関わり、ヨルダンには 7 年住んでいました。その中で強く感じたのは、日本人女性の笑顔や愛想の良さが、アラブ社会ではまったく違う意味に受け取られることがある、ということです。
この記事では、アラブ社会で女性が自分を守るために知っておきたい距離感、断り方、言葉の受け取り方について、私自身の経験も交えながら書いてみたいと思います。
*なお、この記事でいう「アラブ社会」は主にヨルダン・レバノン・シリア・パレスチナなどの地中海沿岸の中東地域、およびエジプトを指します。またエジプト人は、地中海沿岸の中東地域のアラブとは気質が少し異なります。
1. 日本人女性は「アプローチ」に慣れていない
日本では、見知らぬ男性から道端で突然「きれいだね」「結婚してるの?」などと声をかけられることは、あまり日常的ではありません。そのため、アラブ社会で男性から積極的に声をかけられると、驚く方も多いと思います。
特に日本人女性は、露骨な視線やストレートな褒め言葉に慣れていません。だからこそ、アラブ男性の距離の近さや甘い言葉を、日本的な感覚で「好意」や「本気」と受け取ってしまうことがあります。
でも、実際には本気とは限りません。
その場のノリで言っていることもあります。
外国人女性が珍しいから声をかけているだけの場合もあります。
距離を縮めるための言葉であることもあります。
いわゆる「遊び」のアプローチであることもあります。
2. 「モテている」のではなく「目立っている」
アラブ社会では、外国人女性、特に日本人女性はまだ珍しい存在です。そのため、視線を集めたり、頻繁に声をかけられたりすることがあります。頭の先からつま先まで舐めるような視線を投げかけられる…そんなことは、私もヨルダンに住んでいた時に何度も経験しました。
女性二人旅やグループ旅行なら、それを「人生最大のモテ期だった!」と笑い話にできることもあります。実際、私のお客様でもそのように楽しんでおられた方がいました。
でも、一人旅の場合は少し違います。誰かと一緒なら笑えることも、一人だと重く感じることがあります。
常に見られている感じ。
頻繁に声をかけられる感じ。
相手の意図が分からない疲れ。
これが積み重なると、旅の楽しさよりも疲れの方が大きくなることがあります。
私の感覚では、日本人女性がアラブ世界で特別にモテるというより、「珍しい存在として観察されている」という方が近いです。
アラブ世界での日本のイメージは、まだ少し「おしん」のような世界。かなり古いイメージですが、おしんはアラブ世界を虜にしたのです。ですから、日本人女性って一体どんな女性なのか、興味本位のアラブ男性も多いと思われます。
ですから、「私はモテているのかも」と舞い上がるより、「ああ、外国人女性として目立っているのだな」と少し距離を置いて受け止める方が安全です。
3. アラブ社会には「ムジャーマレ」という言葉の文化がある
アラブ社会では、言葉の役割が日本とはかなり違います。日本人は、言葉を「本心」や「約束」として受け取りがちです。
一方、アラブ社会では、言葉はその場の空気をなめらかにしたり、相手を喜ばせたり、距離を縮めたりするためにも使われます。その場の空気を和らげたりするために、美しい言葉や褒め言葉をサラリと口にします。
ムジャーマレとは文化である
アラビア語には「ムジャーマレ」という言葉があります。これは、日本語で言えば「社交辞令」や「お世辞」に近いものですが、完全に同じではありません。アラブ社会では、人間関係をなめらかにするための大切な潤滑油のようなものです。
「あなたは家族だ」
「あなたほど素晴らしい人はいない」
「きれいだね」
日本人が聞けば、「そんなことまで言うの!?」と驚くような言葉も、アラブ社会では人間関係を円滑にするコミュニケーションの一つとして、ごく自然に使われます。これは必ずしも嘘をついているということではありません。あくまで、その場の雰囲気をよくするための社交儀礼なのです。

これが「アラブはうそつきだ」と言われるゆえんでもあります。ただ、言葉の役割が全然違うだけなんです。ちょうど、日本人が初対面の相手にも自然に微笑み、丁寧に接するように、アラブ人は自然に相手を喜ばせる言葉をかけます。
つまり、日本人にとって笑顔が文化であるように、アラブ人にとってムジャーマレは文化なのです。

アラブと長年過ごしていると、本音と建前がかなり見えてきます。ただし、ツーリストという立場ではその見極めは難しいと思います。
ですから、甘い言葉をかけられたからといって、それをすぐに本気だと受け取らないこと。これはアラブ社会で女性が自分を守るために、とても大切な感覚です。
4. 日本式の愛想は、海外では違う意味に見えることがある
日本では「女は愛嬌」と言われることがあります。
笑顔で接する。
相手に嫌な思いをさせない。
場の空気を悪くしない。
やんわり断る。
こうした振る舞いは、日本では「感じの良さ」「大人の対応」として評価されることがあります。でも、アラブ社会ではその愛想の良さが、まったく違う意味に受け取られることがあります。
特に保守的なアラブ社会では、女性は気のない男性に対して笑顔をほとんど見せません。必要以上に会話をしませんし、そもそも目を合わせることすらしません。そのように小さい頃からしつけられているのです。そう、興味のない男性には、かなりはっきり距離を取ります。
そういう社会で育った男性から見ると、日本人女性の笑顔や愛想の良さは新鮮でもあり、「好意がある」「受け入れている」「もっと近づいてもいい」というサインに見えてしまうことがあります。
これは、日本人女性が悪いという話ではありません。ただ、文化が違えば、笑顔の意味も変わるということです。
5. 私も最初は「日本式の愛想」を振りまいていた
かく言う私も、ヨルダンに来たばかりの頃は、日本人独特の愛想をかなり振りまいていました。日本で育つ中で自然に身についたもので、自分の一部になっていたのだと思います。
人と話す時は笑顔。
相手を不快にさせない。
場の空気をやわらげる。
はっきり拒絶しない。
日本では、こうした振る舞いが「感じの良さ」として評価されます。でもヨルダンでは、それがまったく違う意味に受け取られることがありました。
当時アンマンにいたフランス人の男友達が頭を抱えて、何度も私に注意してくれていました。
「頼むから、もっとビジネスライクになってくれ」
「笑いすぎ」
「愛想が良すぎる」
最初は、正直よく分かりませんでした。
え~? どういうこと? 私は普通にしているだけ。むしろ失礼にならないようにしているだけ。
そう思っていました。
でも、ヨルダンで暮らすうちに、少しずつ分かってきました。私の「日本式の愛想」は、相手に誤解を与えることがあったのです。無意識のうちに、自分で問題を呼び込む危険がありました。傍から見ているだけでハラハラする存在だったのでしょう…。今思うと、自分の行動が恥ずかしい。
しかも、それを注意してくれたのはアラブ人ではなくフランス人の友人でした。つまり、ヨーロッパ人から見ても、私の愛想の良さは少し過剰に見えていたのだと思います。
日本の「相手に不快な思いをさせたくない」という感覚は、海外では時に不自然に見えることがあるのです。
6. アラブ社会では「冷たくすること」が礼儀になることがある
日本人女性にとって、一番難しいのは「冷たくすること」かもしれません。
笑顔を見せない。
そっけなくする。
必要以上に会話を続けない。
日本では、それは相手に失礼なことのように感じます。自分自身も気まずいし、「悪いことをしたかな」と罪悪感を覚える人も少なくないと思います。
でも、アラブ社会では異性間の距離感は日本よりずっと慎重です。
興味のない相手には、最初から期待を持たせない。
これは冷酷なのではなく、むしろ相手に対する礼儀でもあります。なぜなら、余計な期待を持たせることの方が、相手にとって不誠実になるからです。
可能性がないなら早く分からせてほしい
そういう感覚があるのです。
こちらがはっきり距離を取れば、相手も「この人は違うな」と判断して、驚くほどあっさり別の女性のところへ向かいます。
逆に、日本人らしい愛想の良さや曖昧な笑顔を続けると、「まだ可能性がある」と受け取られ、何度も声をかけられたり、連絡が続いたりすることがあります。
つまり、一瞬の気まずさを避けようとして、長々としたストレスに付き合わされることになるのです。それなら、一瞬だけ少し気まずくても、最初にはっきり距離を示した方が、お互いにとってずっと親切です。そして、意外に思われるかもしれませんが、関心がないことをはっきり表す「素っ気ない対応」こそが、相手の敬意を得ることになるのです。
7. セクハラを許していると誤解されないために
ヨルダンを含むアラブ社会では、セクハラに注意が必要です。
ただし、ここで大切なのは、セクハラを受ける側に責任があるという意味ではありません。嫌がる相手に不快な言動をする方が悪い。それは大前提です。
ただ、日本的な愛想や曖昧な態度が、現地では「嫌がっていない」「受け入れている」と誤解されることがあります。
嫌だと思った時点で、それは嫌なことです。相手が冗談のつもりでも、不快と感じるならそれは不快なこと。
これは、アラブ世界では冷たい態度ではありません。自分を守るための線引きです。
ヨルダンでは、嫌なことは嫌とはっきり伝える方が、結果的に相手にも分かりやすく、トラブルを避けやすくなります。
8. アラブ社会では「察して」は通じにくい
日本では、相手の気持ちを察する文化があります。
はっきり断らなくても、表情や空気で分かってほしい。
笑顔でかわしているのだから、本当は嫌なのだと気づいてほしい。
強く言わなくても察してほしい。
でもアラブ社会では、この方法はあまり通じません。
嫌だと言わない。
断らない。
笑っている。
黙っている。
そうすると、相手は「大丈夫なんだ」「喜んでいるんだ」と受け取ることがあります。
ですから、アラブ社会では、YES と NO をはっきり伝えることがとても大切です。
行きたくないなら、行かない。
話したくないなら、話さない。
写真を撮られたくないなら、断る。
連絡先を教えたくないなら、教えない。
不快なら、その場で不快だと伝える。
これで大丈夫です。
もちろん、失礼な態度を取る必要はありません。でも、相手に遠慮しすぎて自分の気持ちを飲み込む必要は全くありません。
9. 「インシャアッラー」と「No problem」をそのまま信じすぎない
アラブ社会でよく耳にする言葉に「インシャアッラー」があります。意味は「神のご意志なら」。本来はとても敬虔な表現です。
でも、旅行者としては少し注意が必要です。
「明日10時に迎えに行くよ、インシャアッラー」
「大丈夫、問題ないよ、インシャアッラー」
「任せて、インシャアッラー」
日本人はこれを「約束してくれた」と受け取りがちです。
でもアラブ社会では、「インシャアッラー」が入ると、それは必ずしも日本語の「必ず行きます」「必ずやります」と同じ重さではありません。
もちろん本当に実行してくれる人もいます。でも、言葉だけを100%信じるのは危険です。

アラブ社会では、相手を安心させるために「大丈夫」「問題ない」と言うことがあります。できるかどうかを厳密に確認してから答えるというより、その場の空気をなめらかにするために、まず肯定的な言葉が出てくることも多いのです。
これは恋愛や人間関係だけでなく、旅の移動や待ち合わせでも同じです。
迎えの時間は前日に再確認する。
大事なことは WhatsApp など文字で残す。
重要な移動には予備プランを持つ。
これだけで、アラブ社会でのストレスはかなり減ります。
10. ワディラムのような男社会では、怖がりすぎず、でも油断しない
ヨルダン南部、特にワディラムのようなベドウィン社会では、女性はあまり表に出ません。キャンプ場で働いているのも、車を運転するのも、ゲストを案内するのも、ほぼ男性です (ほぼ、というか全員です💦)。初めて行く女性にとっては、これが少し怖く感じられるかもしれません。
実は私も、ヨルダンに来て初めてワディラムへ行った時は、かなり怖くなりました。
その時は女友達と二人旅でした。ところが、真っ暗な砂漠のキャンプ場にいるのは、いかついアラブの男性ばかり。周囲は漆黒の砂漠。罠にかかったような気がしました。こんな砂漠のど真ん中では逃げられない…!不安になった私は、そのキャンプ場を紹介してくれたアンマンのフランス人の男友達に電話しました。
「私たち以外に誰もいない。男ばっかりで怖いんだけど、もう帰りたいっていった方がいい?」
すると彼は大笑いをして、「大丈夫、大丈夫」と受け合ってくれました。わたし的には「こっちは真剣なのに何で笑うの? ほんまに大丈夫なんかいな」という感覚でしたが、本当に大丈夫でした。
その後、私は何度も一人でワディラムに足を運ぶようになり、その怖かったキャンプ場がビジネスパートナーとなり、ベドウィンの男たちと普通に渡り合うようになります。まさか、あの時の怖がっていた自分が、そんなふうになるとは思ってもいませんでした。

ですから、ワディラムで男性ばかりに見えても、それだけで危険というわけではありません。ベドウィン社会では、単に女性が表に出ないだけ、という背景があります。
ただし、脅すわけではありませんが、ヨルダンでセクハラに注意が必要なのは事実です。特に、女性一人旅の場合は、信頼できるキャンプや手配会社を選ぶことをおすすめします。
怖がりすぎる必要はありません。
でも、油断する必要もありません。
このバランスが大切です。
11. 親切と下心の境界は、簡単には分からない
アラブ社会には、本当に親切な人がたくさんいます。
困っていると助けてくれる。
道を教えてくれる。
お茶を出してくれる。
荷物を運んでくれる。
こうした親切に救われることもたくさんあります。
でも、外国人女性に興味があって近づいてくる人もいます。
親切なのか。
下心なのか。
その場のノリなのか。
本気なのか。
この見極めは、正直に言うと簡単ではありません。
だからこそ、最初からすべての人に心を開く必要はありません。少しでも違和感があれば、その直感を信じてください。
ヨルダンの人は親切です。でも、人が親切な国だからといって、ガードをすっかりおろしてしまわないようしてください。
12. 旅の主導権を相手に渡さない
アラブ社会で女性が自分を守るために大切なのは、旅の主導権を相手に渡さないことです。
ドライバーの旅行ではありません。
ガイドの旅行でもありません。
声をかけてきた男性が主体でもありません。
皆さんの旅です。
行きたい場所は自分で決める。
行きたくない場所には行かない。
不要な誘いには乗らない。
おかしいと思ったらその場で確認する。
予定と違うことをされたら、はっきり言う。
これはわがままではありません。自分の旅を自分で守るために必要なことです。

特に、JETTバスを使わないタクシーなどでの長距離移動になると、ドライバーとの距離が近くなります。相手が親切で話し好きなのは良いことですが、会話がしつこい、距離が近い、冗談が不快、予定と違う場所へ行こうとする、などの違和感があれば、遠慮せずに伝えることが大切です。
13. 専用車や信頼できる現地旅行会社を使う意味
ここまで読むと、アラブ社会を旅するのは大変そうだと思われるかもしれません。でも、きちんと手配すれば、こうしたストレスはかなり減ります。
特に女性一人旅や中東初心者の場合、信頼できる専用車や現地手配会社を使うことで、移動や交渉のストレスからかなり解放されます。
毎回タクシーを探す。
料金交渉をする。
約束の時間に本当に来るか不安になる。
ドライバーとの距離感に気を使う。
こうした小さなストレスは、積み重なるとかなり疲れます。
私は長年ヨルダンを含む中東で仕事をしてきました。日本人のお客様が不安に感じやすい点や、誤解が生じやすい対応については、かなりはっきり伝えています。ドライバーは厳選しており、私の方針に合わないドライバーとは仕事を続けないようにしてきました。
長年の付き合いを通じて、現地旅行会社やドライバーたちと気心の知れた信頼関係を築いてきました。ドライバーたちもその方針を理解しているので、お客様が現地で一人で交渉しなければならない場面はできるだけ作らないようにしています。
ヨルダンらしさは残しつつも、余計なストレスを減らす。
これが、女性一人旅にはとても大切だと思っています。

14. それでもアラブ社会が嫌いになれない理由
ここまで、いろいろ注意点を書いてきました。でも私は、アラブ社会をただ「危ない」「面倒くさい」と言いたいわけではありません。
私はアラブ社会に何度となく泣かされてきました。でも同じくらい、助けられてもきました。泣かされるのもアラブ、慰められるのもアラブなのです。ですから、「アラブ世界は危ない」「アラブは素晴らしい」と単純に言うことはできません。でも一つ確実なのは、アラブ世界には嫌いになれない魅力がある。
人との距離が近いから疲れる。
でも、その近さに救われることもある。
アラブ社会は、距離感を間違えると疲れます。でも、その距離感を少し理解すると、驚くほど温かい一面が見えてきます。だからこそ、怖がりすぎず、でも無防備になりすぎず、文化を知ったうえで旅をしていただきたいと思っています。
まとめ|アラブ社会で女性が身を守る一番の方法
アラブ社会で女性が身を守るために大切なのは、特別なテクニックではありません。
文化の違いを知ること。
言葉をそのまま日本式に受け取らないこと。
必要以上に愛想よくしすぎないこと。
嫌なことは嫌と言うこと。
自分の違和感を信じること。
旅の主導権を自分で持つこと。
日本では礼儀だったものが、アラブ社会では違う意味を持つことがあります。
日本では文化の一部であり社交儀礼だった笑顔が、現地では期待を持たせるサインになることがあります。日本では相手を傷つけないための曖昧さが、現地では「受け入れている」と誤解されることがあります。
だからこそ、アラブ社会では時に、少し素っ気ないくらいがちょうどいい。それは冷たさではなく、自分を守り、相手にも余計な期待を持たせないための距離の取り方です。
アラブ社会を旅する女性に必要なのは、怖がることではありません。
文化を知り、自分の線を持つこと。
それだけで、中東の旅はずっと楽に、そして深く楽しめるものになると思います。

